今日は昨日の続きです。
って、今日の記事は昨日の続きです。
何だかまたどえらく、くどいものを書いてしまったなあ……。
ああ、ネットでのレビュウなんて読むもんじゃない〜。
ま、よろしければ(昨日の#1から続いてますんで)どうぞ。
ーー
作家さんに作品の「責任」をいちいち求めたら、表現はどうなるのだろう?
人が描くもの、どこかしか欠点はあって当然。
それなりのレベルが保たれているのならばどこかで許容しないと、おそらくどのジャンルでも作品なんて皆無になってしまうんではないの?
明らかにヤバいものは論外だが。
戦争などを描いた作品ならこれというものをそのレビュアーさんは2点挙げられていたが、もしもマンガがそれ2作品だけの世界だったら考えただけでも、それこそどうしてくれるんだ!!!って感じ。
生物が多様だからこんなに栄えたのと同じく、作品も作家さんも多様であって欲しい。
だからこそ、私たちは選べる自由がある。
揚げ足取っちゃえば(性格悪いし)、ここで読む側にも読む行為においての自己責任が発生してくるのではないのか?
少年少女マンガ(それ以外もだが)における倫理を言ったら、確かに作り手にも責任はあるだろうが、それを(チェック機能も兼ねて)送り出す出版社にもあるんだし、究極に野放しにしたくないのならば保護者が監督すればということになるんでは?
ついでに、良いものを見れば目は育つのもそうだけれど、その上でダメなものを見れば比較ができ更に目は肥える筈。
温室育ちじゃ、ひ弱だよ。
このへんで、昨今話題になっている“リテラシー、情報を読み解く力”っていうのが問題となるんではないのか?
もうこんなに色々と溢れかえってるんだもん、溺れないようにするにはそういうスキルは何かにつけ必要だよなあ。
(と、自分がいちばんアヤシいと疑う。笑)
そして、表現において、リアリズムだけが正統ではないとも思う。
昔、わしがまだまだ本当に青臭かった頃(今でも充分青臭いけどさ、笑)、「畳の国の人間には、西洋ファンタジィなんて描けない」とえらそう(汗)に言ったところ諭された。
「それじゃ、何にも描けない」と。
要するにギャップを埋めるのは想像力。
そう、そんなせこいこと言ってたら、西洋どころかファンタジィもSFも生まれてこないじゃん。
単純なわしはすぐさま「そっかー!」と思ってしまったけどね。
笑。
日本のマンガって、そんな自由な想像力と表現が支えてこんなに立派に発展したんだもん。
リアリティだけをおって描かれた戦争マンガだけだったら、マンガ読むの辛いよなあ。
そういうのもあり、もっとソフトやライトなのもあり、切り口と表現は色々で良いと思う。
(しかし、倫理的にどうよっていうのは、確かに私もダメ出しするだろうけどね)
このレビュアーさんのおっしゃるとおり、鋼がこの先うまく足場を組めなくって形を造るのに失敗して終わったとしても(いや、それない、多分……)、それに気づかずに居たらそれはそれでありだとも思う。
私に言わせたら大した価値の無いものでも、人気のあるものは世の中にいくらでもある。
そういうものは、支持されるそれなりの理由があるのだ。
(ま、中にはマスコミが煽っているようなもんもあるけど)
ただ私にそこを理解するセンスが無いだけで。
現に、文学とか芸術的な音楽でも解らないもの多いし。
ああ、育ちが悪いってこういうこと?(苦笑)
だから、もしもそういう結果になってしまったら、私、粗に気づきたくないね。
今こんなに幸せに楽しんでいるから。
(あのアニメ版で味わってしまった苦痛は二度と……)
そう、私は最終回がめちゃくちゃ怖いんだよ。
バカですねー。
爆笑!
それにしても、支持されているのを作家さん本人に表現の内容がまずいからと責任とって欲しいっておっしゃるのは?だが、あのレビュウの字数で言い足りないだろうにというのと書かれてからまた話が進んだということもあり、私はこの方にもっとしっかりとした意見をうかがってみたくもある。
また、本当にきちんと話をお読みなのかもちょっと気になるし、とにかくあれだけではいかんせんあやふやなんで、私としても溜飲が下げられませんでした。
ほんとにしぶとい奴だよねー、笑。
だけど、ご意見に賛同はしないものの、「参考になった」に1票を投じさせていただきました。
でも、こんなところで勝手に色々書いてしまい、大変申し訳なく思います。
絶対にこれを目にされることはないかと思いますが、本当にごめんなさい!
ーーああ、ほんとに長かったなあ。
ここまでお読みの方、いらっしゃったら、感謝!!!です。
ことは、鋼だけの問題じゃないような気もするしー。
それからもちろん、この駄文なんて「違う」と感じられたらそれでいいんだよーん。
笑。
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